MIZUKAZE PROJECT STORY

瑞風プロジェクトストーリー

November 2019

vol.12

お皿の上からも感じてほしい山陰の魅力

ル・レストラン ハラ・オ ナチュレール

 第12回目は、「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の食事にスポットを当ててご紹介します。山陰コース(下り)の昼食を監修されている「ル・レストラン ハラ・オ ナチュレール」(Le Restaurant Hara au naturelle)のオーナーシェフ、原博和さんにお話を伺いました。

 JR松江駅から車で約10分、宍道湖の北側にある「ル・レストラン ハラ・オ ナチュレール」は、ここでしか味わえないフランス料理を気取らず楽しめる人気のレストランです。今でこそ地元山陰の食材を活かしたメニューが評判を呼んでいますが、2010年のオープン当時は、「かしこまらずに日常のフランス料理を楽しんでいただく」ことがメインのテーマだったと原シェフは振り返ります。

「ル・レストラン ハラ・オ ナチュレール」オーナーシェフ 原博和さん

「ル・レストラン ハラ・オ ナチュレール」
オーナーシェフ 原博和さん

ル・レストラン ハラ・オ ナチュレール

 「食材以外にかかるコストを抑え、気軽に味わえる値段で最高のものをお出しする…というスタンスでスタートしたのですが、スイスの三つ星レストランで勉強してきた直後に開いたこともあり、メニュー自体は王道のフランス料理だったんですよね。すると東京や大阪など都心部にあるレストランとの差別化が図りにくく、地元の人にはいいけれど都会から来た人たちを喜ばせるのが難しい。そう考えて、この土地ならではの食材に目を向けるようになりました」(原シェフ/以下同)

転機となった生産者との出会い

 魚介類はもちろん、恵まれた自然環境で育てられる肉類や野菜類の品質も秀でている山陰地方。食材へのアンテナを張るようになると、生産者同士のつながりや料理人仲間、お客様からの仲介などにより、次々に素晴らしい生産者と出会っていきます。その関係を最初に深めたのは、島根県との県境近く、鳥取県南部町で無農薬野菜を栽培している「高木農園」さんでした。

無農薬で育った「高木農園」の元気な野菜たち無農薬で育った「高木農園」の元気な野菜たち

 「お客様が高木さんの野菜を持って来てくださったんですが、使ってみてたらあまりにおいしく、すぐ電話をして畑に伺いました。案内してくれた美代子おばあちゃんが、ものすごくパワフルなんですよ。いきなりネギを抜いて『食べてみな』って渡してくれたんですが(笑)、自然に生きている野菜はものすごく力強い。野菜のジビエって感じなんです。大雨や雪で周辺の畑がだめになったときも、ここの畑はしっかりと対応できていて元気。微生物やミミズらが畑に栄養を与えてくれるなど、自然のサイクルでどんどん良い土になっているんですよ」

 採れたての瑞々しい野菜と出会ったことで、その力強さと同時に繊細さにも気がついたと原シェフ。魚や肉は鮮度の落ちる様子が目に見えてわかりますが、野菜は見た目の変化がわかりにくいもの。だけど香りや水分は収穫時からみるみる飛んでいってしまうため、輸送時間を短くすることが重要になるのです。

ル・レストラン ハラ・オ ナチュレール

 「だったら地の利を活かして、身近にいる素晴らしい生産者さんたちが手がけたものを、鮮度の高いうちにお皿へ載せていこうと、今のスタイルが確立していきました。たとえばフォアグラの脇役としてのカブではなく、このカブをおいしく食べるためにフォアグラがある…といった具合に、優れた生産者さんたちと出会ったことで逆転の発想をするようになり、素材を立てる方向へとシフトしていったんです」

山陰の魅力が発信できるフランス料理を

ル・レストラン ハラ・オ ナチュレール

 そんな原シェフの姿勢は、沿線の多彩な食材を使い、美しい日本の素晴らしさを食からも感じていただこうと考える「瑞風」のコンセプトとも合致。料理を監修する食の匠になってほしいという依頼が舞い込みます。

 「『瑞風』のお声がけをいただいたのは、運行開始の約3年前。生産者さんをはじめとする山陰の魅力が発信できるコース料理を、車内でどこまで再現できるか。長い試行錯誤が始まりました」

 レストランで食べることを前提にしたメニューを車内で調理するのは、やはり大変なこと。キッチンクルーたちがつくって初めて完成するので、その役割分担も重要です。キッチンクルーの人数をふまえたオペレーションも考えないといけません。それに加えて、クルーたちはさまざまなシェフの料理を手がけることになるのです。

 「となると『原の料理は、こういう味わいにしないといけない』という軸を自分のなかにすり込んでもらうことが非常に大切になってきます。その高いハードルを越えてもらうためにも、僕の場合はメニューづくりから関わってもらうことにしたんです。もちろん概要は決めていますが、レシピには基本的に数字を入れず、固さや量などは研修のときにみんなで相談する。自分が携わったメニューという意識をもってもらえたら、よりあたたかみのある料理ができると考えたからです」
 運行開始を前に行った1カ月間の習熟訓練では、すべての部屋を回り、乗車した関係者全員に食事の感想や意見を訊ねました。観光の時間を確保しつつもコース料理を召し上がってほしいという想いから、食堂車での二部制ではなくお部屋食となったため、提供のタイミングや温度には徹底的にこだわったといいます。

 「何か不具合があれば、まだ直せますからね。お客様がおっしゃりづらいことも、関係者が体験するこの機会なら聞き出せる。最後の最後まで微調整を重ねました」

「ル・レストラン ハラ・オ ナチュレール」オーナーシェフ 原博和さん

「心豊かに過ごしてもらおう」という信念

 そして迎えた2017年6月の運行開始。彼らの昼食は「瑞風」のお客様から大好評を博し、旅の大きな楽しみに位置づけられるようになりました。季節ごとに変えられるメニューは、その後もさらにブラッシュアップが続けられています。

 「お客様に喜んでいただけるのはもちろんのこと、サービスクルーにも好きだと思ってもらえているのがとてもうれしい。自分の料理を良いと思ってくれた人たちが提供するサービスには、『伝えたい』という気持ちも入りますからね。『瑞風』のクルーは、みんな真面目で一生懸命。『心豊かに過ごしてもらおう』という信念のもと、誰もがお客様のことを想っておもてなしに取り組んでいます。クルーのホスピタリティが高いことも、『瑞風』の大きな魅力です」

 ふだんは一緒にいられない分、信頼関係を築けていなければ、心の通った料理を再現できません。そう考えて原シェフは、今も運行前の研修が終われば必ずクルーたちと食事に行くなど、コミュニケーションを深めるよう心がけています。

 「料理にはパーソナルな部分がかなり影響する、というのが僕の経験則です。だからみんなが同じパッションで取り組めるよう、想いを一致させることに心を砕きました。高い精度でつくるのは、プロフェッショナルなら当たり前。それに加えて、食べる人のことを想うやさしい気持ちを料理に反映させたいんですよね」

お客様と生産者、クルーたちが喜びを共有

 時期を同じくして、原シェフにもう一つの依頼が舞い込みました。山陰地方にある伝統・文化・自然・食などを掘り起こして発信していく、「山陰いいもの探県隊」の活動です。

ル・レストラン ハラ・オ ナチュレール

 「生産者さんと会う楽しさにますますのめり込んでいたので、ありがたいお話でしたね。2018年の春には、少し前から愛用しはじめ、いつか訪ねたいと思っていた奥出雲和牛の肥育場を取材する機会に恵まれました。奥出雲和牛は赤身の肉味が濃いので、サシが入っていてもあっさりと食べられて非常においしい。牛舎を拝見することで、気持ちを込めて育てられていることも実感できました。食に限らず、藍染めの職人さんなど、さまざまな人たちに出会うことも刺激になっています」

「山陰いいもの探県隊」の取材風景(奥出雲和牛)「山陰いいもの探県隊」の取材風景(奥出雲和牛)

 2018年6月には運行1周年を記念して、「サプライズ乗車」を実施。「瑞風」の料理を監修する食の匠や、食の素材を創る匠らが同乗する催しで、原シェフは「高木農園」の高木美鈴さんと一緒に乗車しました。

 「デザートぐらいのタイミングで列車長と3人でお部屋を回ったんですが、お客様にも高木さんにもすごく喜んでもらえました。『瑞風』への食材提供って大変なんですよね。規格に合わせて厳選し、少量ずつ納めないといけない。だけど『瑞風』で提供する料理に使ってもらえるのがうれしいからと、みなさんとても協力的なんです。だからこそクルーたちにも会わせたかったんですよ。『この人たちがつくった野菜を使わせてもらっているんだよ』と紹介することで、扱う姿勢もいっそう丁寧になるでしょうからね」

 好評だった「サプライズ乗車」は、12月に第2回目を実施。世界遺産「石見銀山」の町、島根県大田市にあるベーカリーショップ「ベッカライ コンディトライ ヒダカ」さんを招き、お客様と生産者、クルーたちとの距離を縮めました。

 「ものすごくおいしいパンをつくられるんですよ。また別の機会に、石見銀山にも来ていただけたらいいなと思っているので、そこも含めてお伝えしています。『サプライズ乗車』は、とてもいい機会。紹介したいのと同時に、『瑞風』を体験してもらいたい生産者さんたちがまだまだいらっしゃるので、今後も継続して催してほしいですね」

今まで味わったことのない驚きを届けたい

 すでに多くのお客様から喜びのお声をいただいている「瑞風」の旅ですが、原シェフ自身も車内で食事を体験し、大きな感動を得たといいます。

 「お部屋で食べているとき、車窓からの眺めが美しすぎて、ものすごくテンションが上がったんですよね(笑)。まさか自分の気持ちがこんなにも高揚すると思わなかったので驚きました。食堂車でのライブ感も素晴らしいですが、自分だけのプライベートスペースで景色と一緒に堪能するのも良いものです。あれだけのクオリティのものを列車のなかで食べられることは、世界的に見てもないのではと自負しています」

 「景観はもちろん、食事も楽しみにしていただいて間違いない」と力強く語る原シェフ。これからも料理を通じて山陰の素晴らしさを発信し、お客様の喜びも広げたいと微笑みます。
 「山陰の魅力を存分に感じてもらうのに、食事は非常に大事な要素です。今まで味わったことがないような…『食材の瑞々しさってこういうことか!』なんていう驚きを、お皿の上で感じていただけたらうれしいですね」