第21回目は、「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の山陽・山陰周遊コースで1日目に立ち寄る、岡山でのストーリーをご紹介。老舗の「大手饅頭伊部屋」が手がける「おもてなし」などについてお伝えします。
岡山藩主が造営した後楽園で、江戸時代から愛され続ける名物を
2泊3日の山陽・山陰周遊コースで最初に立ち寄るのが岡山後楽園。第2代岡山藩主の池田綱政が造営したもので、日本三大庭園の一つに数えられます。岡山駅から「瑞風バス」で向かい、特別公開の延養亭より園内外の景勝を一望したり、郷土芸能である備中神楽を鑑賞したりと、趣深い歴史風情を満喫。そこでのお茶席で提供されるのが、「大手饅頭伊部屋」の「大手まんぢゅう」です。
「大手饅頭伊部屋」は、江戸時代の天保8年(1837年)に創業した老舗。「大手まんぢゅう」という名称は、同店が岡山城の大手門近くにあったため、時の岡山藩主・池田侯が命名したと伝えられています。お茶席には決まって「大手まんぢゅう」を用意させるほど藩侯の寵愛を受けてきたそうで、風味豊かな味わいが今もなお、地元岡山の人たちを中心に愛され続けています。
優雅に味わうお茶のおともに、出来たてほやほやの逸品をお届け
岡山後楽園との由縁もあり、「瑞風」でもお茶菓子に選ばれた「大手まんぢゅう」。「大手饅頭伊部屋」の本店は、岡山城の城下町だった京橋町に今もあり、岡山後楽園のほど近く。そんな地の利を活かし、出来たてほやほやのお饅頭を、お茶の時間に合わせて届けているのだそう。同社常務取締役の大岸聡武さんは語ります。
「『瑞風』の旅では、中国地方のなかでも厳選された名所や食事、名産品が提供されると聞いていたので、選んでいただけてとても光栄でした。1週間は日持ちする商品なんですが、せっかくなら当日つくったものをと関係各所にお願いして、配送の段取りを整えました。召し上がる際、時季によってはまだ温かいこともあるようです。日が経つと皮の食感が増し、それもまた人気なんですが、出来たては餡が最もやわらかくなめらか。岡山へ来てくださった醍醐味を味わっていただければと思います」。
工場が線路沿いにあることも活かし、「おもてなし」を計画
「大手饅頭伊部屋」の雄町工場が立地するのは、岡山駅よりも6kmほど東の線路沿い。「瑞風」も目の前を通ります。山陽・山陰周遊コースでは、京都・大阪方面からやって来ます。
大岸さんは、「『瑞風』でいらした方に、岡山を好きになっていただきたい。そんな歓迎の気持ちも込めて、工場前の敷地内で、列車が通過するタイミングに合わせて出迎える『おもてなし』に取り組むことにしました」と語ります。
2017年6月の運行開始を前に、スタッフの皆さんでリハーサルを重ね、公式サイトやSNSで「おもてなし」について告知。工場併設の直売所で掲示し、近隣の町内会でもチラシを配布してもらうなど、岡山駅に立ち寄る「瑞風」が通る日時を周知しました。
「ご興味のある方々に集まっていただきたかったんですよ。私たちが率先しつつも、やはり地元の人たちが参加してくださることで、『瑞風』のお客様にも喜んでいただけるでしょうからね」(大岸さん)。
「『瑞風』が来てくれるのがうれしい」と、地域をあげて歓迎
岡山駅へ立ち寄る「瑞風」が雄町工場の前を通過するのは、水曜の午後1時半頃。平日のお昼間ではあるものの、ご近所の方々が集まってくださり、春休みや夏休みなど、多いときには何十人もいらっしゃるそうです。
「瑞風」クルーとも連携し、通る際には車内でも「おもてなし」が行われることをアナウンスして徐行運転。横断幕を広げ、みんなで旗を振って迎えると、乗車中のお客様も窓から手を振り返してくださいます。
「おもてなし」の常連さんも増えてきて、毎回バイクや自転車で駆けつけてくださる方も。参加してくださる方々からは、「『瑞風』が来てくれるのがうれしい」「お出迎えするのが楽しい」といったお声があり、地域をあげて歓迎してくださっているのが伝わります。
取材当日に初めて来られたという親子連れは、直売所へいらしたときに掲示を見て、「おもてなし」のことを知ったのだそう。2歳半の息子さんは大の電車好き。参加された方には、オリジナルの手旗が贈られますが、そこにプリントされた「瑞風」の写真を目にしただけでも大興奮です。やがて本物の「瑞風」がやって来ると、テンションは最高潮に!大はしゃぎで手を振ってくれていました。
“岡山って楽しそうだな”と思っていただけるよう笑顔で
「瑞風」が工場の前を通るのは、岡山駅へ着く少し前。だからこそ「おもてなし」の際には、旅のわくわく感を高めていただけるように心がけていると、大岸さんは語ります。
「“楽しそうなところへ来たな”と思っていただけるように、みんな笑顔で出迎えています。お客様の表情もはっきりわかるぐらいの速度で走ってもらえるので、わずかな時間ながらも心の交流を感じることができ、もてなす側も元気をもらえていますよ」。
一連の「おもてなし」は「瑞風」のお客様からも大好評で、旅の魅力にもなっています。その後、岡山後楽園で召し上がる「大手まんぢゅう」への評価も高く、「おみやげで買いたい」という方が続出。駅へ戻ってこられた際に、各地の名産品などを購入できる「瑞風ワゴン」のアイテムとして、追加されるようになりました。
「たくさんの人に配りたいと、まとめ買いされるお客様もいらっしゃるそうです。『瑞風』での旅をきっかけに、『大手まんぢゅう』を好きになってくださる方が増えるのは、とてもうれしいこと。心を込めた昔ながらの味を楽しんでいただければ幸いです」(大岸さん)。
昔ながらの製法を守る一方で、素材はより良いものへ
日本三大まんじゅうの一つとしても知られる「大手まんぢゅう」。県外へのお土産としてはもちろん、お茶菓子や手土産に愛用されるなど、地元の人たちの暮らしにも根づいています。
おいしさのもとになるのが製法と素材です。創業当時から変わらず、酒饅頭の伝統製法を継承。蒸し米に麹菌をつけて発酵させる糀(こうじ)からつくり、時間をかけて芳醇な甘酒に仕立てます。これに小麦粉を混ぜてさらに発酵させて、ようやく生地が完成。丁寧につくったこし餡が引き立つよう、薄く包んで蒸し上げます。
手間ひまかかる昔ながらの製法を守る一方で、素材はより良いものを追求。お米は、全国有数の米どころでもある岡山で収穫された良質の備前米です。小豆は北海道産小豆。毎年、産地を視察し、風味のいい良品を選別しています。砂糖は特製の白双糖。糖度99.99%の高級品で、雑味のないすっきりとした甘さです。小麦粉も上質のものを厳選。口溶けがよく、しっとりと蒸し上がります。水は地元雄町の地下水。池田藩のお茶席にも用いられていた名水です。
「糀も甘酒も自家製なので、生地ができるまでに2週間近くかかりますが、餡との相性がいい、まろやかな味わいをつくるには大切な工程です。毎日、同じものを同じようにつくるには、長年の経験や勘も重要。安定したおいしさを届けられるよう、高い技術を受け継いでいます」(大岸さん)。
「瑞風」のお客様と地元の人たちを結ぶ、心のかけはしに
雄町工場の直売所では、試行錯誤の末に完成した「大手まんぢゅうソフト」の販売を2019年4月からスタート。「大手まんぢゅう」と同じ餡を使い、甘酒の風味を大切にした新たなおいしさが人気を博し、ゴールデンウィークには長蛇の列ができました。その後も1日300人を超える日があるなど、土日を中心に多くの人が訪れています。そこで新たに、「瑞風」の運行日程を記したチラシを直売所に設置。たくさんの人が持ち帰ってくださり、これを機に「おもてなし」に参加される方も増えたといいます。
「『おもてなし』に来られるついでに商品を買ってくださる方もおられ、私たちにとってもありがたいこと。近頃はご自宅から“マイ・フラッグ”を持って来てくださる方もいらっしゃるんですよ。一般の方が自然と集まってこられる姿に感動すら覚えます。『瑞風』のお客様には、地元の人たちに歓迎されていることを感じてもらいたい。そして、これから始まる岡山での旅を、より楽しいものにしていただけたらうれしいですね」