「瑞風」の美を訪ねて

DISCOVER THE BEAUTY OF MIZUKAZE

四季折々の美しい風景、 沿線の歴史・文化を象徴する
工芸や文化財、地元の恵みを生かした美食...。
西日本を巡り、人との出会いを通じて、
「瑞風」の旅を輝かせる “美” を発見します。

書きたくなる」万年筆を~唯一無二のフルカスタムメイド~

ISSUE 16

鳥取

鳥取

書きたくなる万年筆を
~唯一無二のフルカスタムメイド~

瑞風」にご乗車のお客様がチェックイン時に使用される万年筆は、
軸からペン先までを一貫して手がける職人によって作られています。
紙ではなく、雲にでも書いているような心地に誘う
ストレスを感じさせない万年筆を世に送り出しているのは、
鳥取県の「万年筆博士」の3代目・山本 竜(りょう)さん。
もの作りにかける熱い思いをうかがいました。

満州から始まった
「万年筆博士」の歴史

竜さんの祖父である義雄さんは、明治44年(1911)に鳥取市で誕生。12歳の時に故郷を離れ、東京・池袋で万年筆製造所を営んでいた14歳上の兄の元で見習い職人としてのスタートを切りました。1800年代後半に輸入品の流通が始まった万年筆は、1910年代ごろから国内でも製造されるようになっていました。「祖父の兄が営んでいたのも、そんな製造所の一つだったと思います。当時は東京に3,000人、大阪に2,000人の職人がいるほど万年筆製造業は盛んで、祖父が上京して5年後には兄と共にロンドン支店を出す計画が持ち上がりました」。その足がかりとして、当時日本の統治下にあった満州の大連に支店を開設。同時に「万年筆博士」の屋号を掲げました。

01 昭和21年に営業開始した鳥取駅前の店舗で現在は製造から販売までを行っている。
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  • 01昭和21年に営業開始した鳥取駅前の店舗で現在は製造から販売までを行っている。

その後、義雄さんは大連における外商部門として独立を果たしますが、戦況が厳しくなってきたため、昭和19年(1944)に帰郷。鳥取市郊外の実家に製造所を設け、やがて「万年筆博士」の名で小売りも始めます。終戦後には、現在の店舗がある鳥取駅前にも店を構え、業績を順調に伸ばしていきました。ところが1960年代に入ると、大手メーカー品以外は見向きもされないように。一方、ノック式シャープペンシルや水性ボールペンが開発され、便利で安価な筆記具が市場にあふれる状況になっていきました。「万年筆の需要は右肩下がり。日常の筆記具ではなくなっていったのです」。

苦労覚悟で3代目に

昭和53年(1978)に2代目を継いだ義雄さんの息子(竜さんの父親)、雅明さんの日々は苦難の連続でした。東京にある「プラチナ万年筆」での営業職を経て帰郷。専門店が次々に廃業または転業、デパートや文具店の店頭からは万年筆が姿を消す状況の中、「万年筆だけでは食べていけないので、製図用品、マドロスパイプやライターなどの喫煙具も売っていました。今日は久しぶりに万年筆が売れたと驚くような有様でしたから、友達の家に比べるとうちは明らかに貧乏でした」。竜さんは子どもの頃を思い出して笑います。

万年筆の製造販売を止めて喫煙具専門店になる道も残されていましたが、諦めたくない思いも募る2代目の耳に、一つのエピソードが届きます。「ある大きな賞を受けられた人気作家さんに、出版社が祝いの品の希望を聞いたところ、愛着を持っていた万年筆と同じものがほしいとおっしゃったそうなんです。出版社は一生懸命探したものの市場にはなく、誂えることになったという話でした」。

大手メーカーの万年筆作りは、型に材料を流し、いわば鯛焼きのような要領で胴軸を作るため、1本でも2,000本でもかかるコストは同じ。万年筆メーカーの担当者が作家の元に何度も通い、太さや重さ、書き味などの好みを聞き取り、完成させた1本の総費用は1,000万円を軽く超えたと思われます。「父はその一件を聞いて、うちなら職人が作るからどんな要望にも応えられるし、価格も3万円ぐらいでできる。そこに商機があるかもしれないと考え、世界初となる“書き癖診断カルテ”を思いつきました」。2代目が作ったそのカルテは、字幅、軸を握る位置、利き手、傾斜角度、筆圧、筆速、進入角度、縦書きが多いか横書きが多いかなどの項目を記入する形式。その内容を元に、世界に1本しかない万年筆の受注販売を開始したのです。

02 現在のカルテはさらにバージョンアップ。表裏になっており、どんな用途、言語で使うのかなどを1時間以上かけて聞き取りする。ホームページからの注文も可能。その際は字を書く動画を添えるとより良いそう。
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03 ペン先を2つ合わせて万年筆のMがデザイン化されている。
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04 写真左より、父の雅明さん、竜さん、母の啓子さん。「竜は苦しみながらも良くやっていると思います」とほほ笑む。
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  • 02現在のカルテはさらにバージョンアップ。表裏になっており、どんな用途、
    言語で使うのかなどを1時間以上かけて聞き取りする。ホームページからの注文も可能。
    その際は字を書く動画を添えるとより良いそう。
  • 03ペン先を2つ合わせて万年筆のMがデザイン化されている。
  • 04写真左より、父の雅明さん、竜さん、母の啓子さん。
    「竜は苦しみながらも良くやっていると思います」とほほ笑む。

高校生の時から、父や職人を少しでも助けたいと、ペン先を磨くといった一部の作業を積極的に手伝ってきた竜さん。高校卒業後は、喫煙具を買い付けるために渡米したり、他の仕事に就いたりもしました。「店を自分の代で途絶えさせてはいけないとは思っていましたが、迷いもありました。けれども父の体調が思わしくない日もあるし、長年働いてくれている職人も高齢になっていく。そんな頃、カルテに基づくカスタムメイド万年筆がメディアにも注目され、インタビューを受ける父の姿を誇らしく感じて帰郷。両親は拒否も歓迎もしませんでした。苦労することはわかっていましたから」。まさに苦渋の決断でした。

感性で作る唯一無二の筆記具

3代目を継ぐ決意を固め、廃業した他店から軸を削り出すためのろくろや刃物を譲り受けたものの、いずれも壊れていたり錆びたりして使いものにはなりませんでした。そこで、機械いじりが好きだった竜さんはろくろを解体し、仕組みや使われている金属の種類を調べることから始めました。デパートの催事で知り合いになった鍛冶師などにも教えを請い、独自の機械や刃物を作り出していきました。

職人としての手ごたえを感じるきっかけになったのは音。「子どもの頃から聞き慣れている心地良い音が出た時は、素材が美しく削れている。不快な音がする時は美しくない。そんなことが少しずつわかるようになっていきました」。最初の3年間は、1日14時間機械を動かし、満腹になると眠くなるからと食事を控え、不眠不休で自らに鞭打つ毎日でした。

05 研究を重ねて自作したろくろは、電動と足踏み式の手動に切り替えられアタッチメントを変えることで幾通りもの作業ができる仕組みになっている。
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06 研究を重ねて自作したろくろは、電動と足踏み式の手動に切り替えられアタッチメントを変えることで幾通りもの作業ができる仕組みになっている。
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  • 05-06研究を重ねて自作したろくろは、電動と足踏み式の手動に切り替えられ、
    アタッチメントを変えることで幾通りもの作業ができる仕組みになっている。
07 「今はたっぷり食べてしっかり寝ています」と話す竜さん。とはいえ、腕や肩は常に張っている状態なので、鍼治療が欠かせないそうだ。
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  • 07「今はたっぷり食べてしっかり寝ています」と話す竜さん。とはいえ、
    腕や肩は常に張っている状態なので、鍼治療が欠かせないそうだ。

竜さんが作るのは、2代目が考案したカスタムメイドをさらに進化させたフルカスタムメイド、ビスポーク万年筆です。「ビスポークとは、ここ10年ぐらいで市民権を得てきた造語で、be spokeが語源です。使い手と作り手がコミュニケーションしながら文具や道具、靴などの品物を仕上げる、ヒューマンタッチのイメージが強い言葉として使われています」。一般的な万年筆は長年使い込んでなじませていく必要がありますが、使い手の要望をすべて盛り込んで仕立てるビスポーク万年筆は、最初の一文字から長年使い込んだような感覚で書ける、そんな評判が口コミで広がっていきました。

復活進化させた機械や刃物類を用いるものの、大切にしているのは受け継がれてきた技術です。その一つが四山(よやま)ねじ切り。「万年筆の多くは機能性を考えて、胴軸とキャップをねじ式でジョイントします。これを1日に何度も開け閉めするわけですから、回転数は少なくしたい。そこで考えられたのが、1回転で四山進み、スッと締まる方式です」。そのためには、0.01ミリの狂いもないよう的確に胴軸とキャップの内側に端正な溝を刻まねばなりません。かつては当たり前の技術でしたが、今ではこれができる職人は珍しい存在になりました。

08 左端の2本は、「瑞風」のチェックインで使われている万年筆と同じ素材で作られている。
08
09 一回転で四山進める伝統の技・ねじ切りの仕組みを説明する竜さん。
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10 一回転で四山進める伝統の技・ねじ切りの仕組みを説明する竜さん。
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11 「瑞風」のチェックインで使用される万年筆用に、ロゴのデザインを試作したもの。
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13 「瑞風」のチェックインで使われる万年筆。ペンスタンドは梨の木から作られている。
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12 自作の刃物。左側の3本と右側の3本は、いずれも元は同じサイズ。素材に負荷をかけすぎないよう、あえて摩耗する金属を選んでいるため、2~3か月で小さくなってしまう。
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  • 08左端の2本は、「瑞風」のチェックインで使われている万年筆と同じ素材で作られている。
  • 09-10一回転で四山進める伝統の技・ねじ切りの仕組みを説明する竜さん。
  • 11「瑞風」のチェックインで使用される万年筆用に、ロゴのデザインを試作したもの。
  • 12自作の刃物。左側の3本と右側の3本は、いずれも元は同じサイズ。
    素材に負荷をかけすぎないよう、あえて摩耗する金属を選んでいるため、
    2~3か月で小さくなってしまう。
  • 13「瑞風」のチェックインで使われる万年筆。ペンスタンドは梨の木から作られている。

「瑞風」のチェックインで使われる万年筆にも、職人ならではの美意識と新旧の技術が詰め込まれています。綿花の芯に樟脳(しょうのう)を加えて作る天然樹脂・セルロイド製軸のカラーは、車体を意識した深いグリーンとゴールド。多めのインクが装填できるよう胴軸は一般のサイズより長め。オーバル(楕円)形に研ぐ太めのペン先は「ツルツルに磨くことでどのポイントでも使いやすいよう、つまりどなたにも書きやすいように仕上げました。手作業だからできることです」。

ビスポーク万年筆は1本につき300~500もの工程がありますが、製作は竜さん1人で行っているため、予約は1年以上先まで埋まっています。その半数は海外からのオーダー。直接の来店が叶わなくとも、筆跡を見ればどんな書き癖がありどんなメーカーの品を使っているか見分けられると竜さんは話します。「すべてを1人の職人が作るスタイルを貫いているのは世界でも私だけなのかもしれません」。使い込んだ刃物を愛おしそうに見つめました。

「瑞風」によせて

「万年筆博士」代表取締役 山本竜瑞風」に乗車される方の中には、万年筆で字を書いたことがない方もおられるでしょう。だとすると、初めて持つ万年筆が当店の品になるわけですから、大変な光栄を感じています。私どもが店を構える鳥取は、柳宗悦の民藝運動に共感して功績を残した吉田璋也氏の郷里でもあります。「瑞風」の立ち寄り先でもある鳥取砂丘の天然記念物申請、仁風閣の重要文化財指定にも尽力した同氏は、“用の美”を説きました。私も、日常に使う中から生まれる独自のフォルムやデザインの美しさを大切にしています。そんな思いを当店の万年筆から汲み取っていただければこんなに嬉しいことはありません。

「万年筆博士」代表取締役 山本竜

「万年筆博士」代表取締役 山本竜

Information

有限会社 万年筆博士

住所
〒680-0831 鳥取市栄町605番地
Fax
0857-27-7714
営業時間
9:30-18:30
アクセス
JR山陰本線 鳥取駅から徒歩約5分
ホームページ
https://fp-hakase.com/ja/

有限会社 万年筆博士

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