四季折々の美しい風景、 沿線の歴史・文化を象徴する
工芸や文化財、地元の恵みを生かした美食...。
西日本を巡り、人との出会いを通じて、
「瑞風」の旅を輝かせる “美” を発見します。
萩
世界に愛される
「べっぴん」な酒
~澄川酒造場の酒づくり~
TWILIGHT EXPRESS 瑞風の車内で提供されている、
純米大吟醸「東洋美人 壱番纏」。
2016年に山口県内で行われた日露首脳会談の夕食会に出され、
気に入ったプーチン大統領が銘柄を尋ねたという逸話が残されている銘酒です。
その蔵元の澄川酒造場の4代目当主であり、自ら酒造りの陣頭に立つ
杜氏の澄川宜史さんに、こだわりの酒造りについてうかがいました。
萩の自然風土を詰め込んで
大正10年(1921)創業という、約100年の歴史を誇る澄川酒造場。世界最多の出品数を誇る日本酒コンペティション「SAKE COMPETITION」で、3年連続第1位に輝いた山口県を代表する蔵元です。銘柄は、初代が亡き妻を思って名付けたとされる「東洋美人」のみ。中でも、酒米を40%まで磨きあげてつくられる純米大吟醸「東洋美人 壱番纏」は、2016年の日露首脳会談の夕食会に出されたほか、純米吟醸酒が2010年FIFAワールドカップ 南アフリカ大会の公式日本酒に選ばれるなど、日本を代表する存在といっても過言ではありません。
- 01-03澄川酒造場は萩市中心街から車で約1時間。山あいの静かな中小川地区にある。
世界に認められた酒造りについて、4代目の当主である澄川宜史さんはこう話します。「料理人が最高の材料を使って最高の料理をつくるように、自ら厳選した酒米と、この土地に脈打つ水を使って、自然風土を詰め込んだ酒造りを目指してきました」。それは萩の風景を思い浮かべる酒であり、「稲をくぐり抜けた水」とも澄川さんは表現しています。
澄川さんが心がけているのは、当たり前のことの繰り返し。奇をてらうことなく伝統的製法に則りながら、「100%」の再現性を求めていきたいと語ります。「私自身が歳を重ねる中でたくさんの人と出会い、経験を積んでいます。わずかでもいいから昨年以上の酒をつくりたいんですね」。
- 04-08米の蒸し具合の確認など人間の五感を大切にしながら新しい技術の導入も図ることで
その両方が相まって美味しい酒が造られる。
そんな澄川さんには、自分の進むべき道はこれだとはっきり意識した瞬間がありました。ある東北の蔵の後継者である大学の先輩が、自ら現場に入り、命を削るように酒造りに向き合っている姿を知った時です。それを機に、自分で率先して酒造りを行うことで自分の思いを製品に反映しようと決意。社外から迎えた蔵人集団によるかつての酒造りから、蔵元の当主自らが手がける酒造りへの転換を図りました。また、それまでの製造・販売の分業を止めたことで、お客様にお渡しするまでが酒造りだと胸を張って言えるようになったと感じています。
大災害を経て、新たな一歩
そんな思いが全国的に評価され、順風満帆かと思われた中、2013年7月28日、山口県を未曾有の大災害が襲いました。萩市東部地域の集中豪雨により、酒造場の前を流れる田万川が氾濫。澄川さんの自宅も酒蔵も2メートルを超える濁流に飲み込まれて、1万本以上の製品が流失してしまいます。避難指定場所までも浸水し、近所の神社に寝泊まりする日々が続きました。「あの時は、再び酒造りができるとも、やろうとも思えなかった」と澄川さん。それが、わずか5ヶ月後に仕込みを再開できたのは、全国から応援に駆けつけた蔵元関係者や酒販店、ファン、災害ボランティアによる復旧作業のおかげでした。
不運なアクシデントをくぐり抜けたことで、澄川さんの気持ちや酒造りにも大きな変化が表れたといいます。「それまで自分の生活のほとんどを酒造りが占めていました。しかし、多くの方から支援いただいたことで、何かを背負ったように感じ、その気持ちを酒造りに込めたいと思うようになりました」。再び酒造りのできる喜びを胸に、新たな一歩を踏み出そうという決意。そこで誕生したのが「東洋美人 ippo 原点からの『一歩』」でした。再建された蔵のあちこちには、後日、澄川酒造場の復興を自ら確かめに来られた支援者たちのメッセージが残されていました。
- 09-11被災直後、北は北海道、南は鹿児島から多くの人が復興支援に訪れた。
書き込みを残してもらったのは、その恩を忘れないため。
独自の酒づくりをこれからも
「地方の小さな蔵が生き残っていくためには、県内だけでなく全国の数ある日本酒に負けない酒造りを行っていかなければなりません。他の蔵との“差別化”、そして“独自化”が求められているのです。限られた資本を自分たちの強みに集中させ、そこで勝負をかける。『瑞風』でお楽しみいただいている純米大吟醸の『東洋美人 壱番纏』は、当社の持てる技術を結集させてつくりだした旗艦商品です」。
- 12-13「瑞風」車内で提供・販売されている純米大吟醸「東洋美人 壱番纏」。
人気の高い銘柄で、最近ではなかなか入手難しい。
酒米は地元の契約農家が生産する萩産「山田錦」を使用。辛口・甘口の目安となる指標の日本酒度は+4。一般には「辛口」とされる数値ですが、澄川さんは「とてもフルーティーで、むしろ甘く感じられることでしょう。私自身が飲みたいと思う酒をつくっているんです。キリキリッと冷やすのが私好みですが、氷を入れたり、炭酸水や水で割っていただいたりしてもいいんじゃないでしょうか」。
美味しい酒を造り続けることは、「手段」であって「目的」ではないと澄川さん。その「目的」とは、営々と日本人が守り伝えてきた世界に誇れる日本酒を、次の世代へと引き継ぐこと。それこそが目標であり、使命だと語っていました。